ナノリットルコアと抗酸化性磁性液体シェルを持つ
コアシェルエマルションの作製と制御

内田 幸明
(大阪大学大学院 基礎工学研究科 物質創成専攻化学工学領域 准教授)

2018年10月31日水曜日

再結晶するだけで自然に起こる光学分割現象

二年前の話ですが、私がM1の頃から12年掛けて少しずつ進めてきた研究成果が論文として出版されました。

題名は"A Kinetic/Thermodynamic Origin of Regular Chiral Fluctuation or Symmetry Breaking Unique to Preferential Enrichment"で、 Chemistry - A European Journal誌に掲載されました。

Chemistry - A European Journal誌はWiley-VCH社の論文誌です。

題名の最後にあるPreferential Enrichmentというのは、日本語で「優先富化現象」と呼ばれる自発的光学分割現象です。この論文は、優先富化現象のメカニズムを物理化学的に説明した、という成果を報告したものです。

かなり専門的な言葉が並んでいるので、下線部の三点を説明してから本研究成果について、説明します。これらの項目について存知の方は、飛ばしてお読みいただければと思います。
①光学分割現象
②自発的な光学分割現象


①光学分割現象
まず、光学分割現象というのは、キラルな物質に起こるものです。

キラルな物質というのは、簡単に言うと、
その物質とそれを鏡に写したモノが別物になる、
という物質のことをいいます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/キラリティー
いちばん身近なものは「手」です。
右手は、左手を鏡に写したものと同じものですが、互いに別物です。

キラルな分子にも同じ構成要素の二種類の物質が存在します。
それぞれをエナンチオマーと呼び、
二つエナンチオマーの等量混合物をラセミ体と言います。
光学分割現象というのは、
ラセミ体を二つのエナンチオマーに分割する現象です。

なぜ、「光学」分割現象というのか。
それは、二つのエナンチオマーの性質の違いによります。
実は、一分子の性質としては、光学的な性質を除いて、
二つのエナンチオマーは化学的にも物理的にも全く同じ性質を示します。
https://ja.wikipedia.org/wiki/光学異性体
そのため、エナンチオマーの事を光学異性体と呼ぶこともあり、
二つのエナンチオマーを分割することを光学分割と呼ぶのです。


②自発的な光学分割現象
①の最後で、二つのエナンチオマーは光学的な性質以外は全く同じ性質を示します。そのため、ラセミ体を簡単に二つのエナンチオマーに分ける一般的な方法はありません。つまり、一般的には自発的な光学分割現象というのは、起こりえないわけです。

しかし、人体を構成している分子が一方のエナンチオマーであるため、薬として用いる物質も、一方のエナンチオマーが効果的なのに、もう一方が効果がなかったり、時には毒性があったりします。そのため、光学分割を行う必要があるのです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/光学分割


③優先富化現象
②で見たように、光学分割現象は、通常は自発的に起こらないため、
人為的に光学分割を起こすことは非常に重要な技術です。
それに対して、この優先富化現象は、
「自発的な光学分割現象」なのです。

自発的な現象であるため、操作は非常に簡単で、大まかに言うと、
・ラセミ体の固体を再結晶する。
・ろ過する。
の二段階で、光学分割が出来ます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/光学分割

抗アレルギー剤のラセミ体を再結晶すると、
溶液の中のどちらかのエナンチオマーの割合が、
増加するという現象として、大鵬薬品工業の生塩孝則博士によって発見され、
京都大学の田村類名誉教授を中心に研究されてきました。
田村先生は、学生時代の私の指導教員です。


④本研究成果
田村研に在籍していた頃の、私の主な研究テーマは、
「液晶」の「合成」だったのですが、
同じ研究室の中で研究されていた、
物理化学的な直感に反する優先富化現象のメカニズムに興味を持ち、
サイドワークとして、M1の時に研究を始めました。

込み入った話は論文をお読みいただくとして、
簡単に優先富化現象の要素を説明すると、以下の二段階になります。
まず、ラセミ体というのは、どのように合成したとしても、
両エナンチオマーの量がわずかにずれています。
そして、溶液中でわずかに多い方のエナンチオマーの溶解度は、
もう一方のエナンチオマーの溶解度よりも大きく、
しかも、溶けている両エナンチオマーの量が違えば違うほど、
溶解度の差も大きくなります。
A Kinetic/Thermodynamic Origin of Regular Chiral Fluctuation or Symmetry Breaking Unique to Preferential Enrichment

優先富化現象は、最近まで、限られた物質でのみ観測されてきましたが、アミノ酸を含む化合物など、より一般的な化合物でも起こることが報告されてきており、工業的にも応用可能な技術として、発展するのではないかと予想しております。一方で、優先富化現象の分子間の相互作用による動的かつ非線形な側面には、基礎的な普遍性があるかもしれませんね。