ナノリットルコアと抗酸化性磁性液体シェルを持つ
コアシェルエマルションの作製と制御

内田 幸明
(大阪大学大学院 基礎工学研究科 物質創成専攻化学工学領域 准教授)

2019年6月11日火曜日

金属を含まない液晶が示す光磁気効果

金属を含まない物質は磁気特性が非常に弱いので、磁気特性を光でスイッチングする光磁気効果を観測することは非常に難しいのが一般的です。私たちは、液晶ディスプレイにも利用されている液晶のスイッチング特性を利用することで、光磁気効果を検出することを目指して研究を行いました。

液晶は様々な外部刺激に対して高い応答性を示します。それは、分子が集団的に動くことが原因です。この高い応答性を利用することで、液晶デバイスが発展してきました。実際、液晶ディスプレイは電場の中で分子が再配向することを利用した、光伝播の制御を行うことで可能になります。金属を含まない物質の磁気特性は、高温では、通常、検出できないほど弱いと考えられてきました。しかし、私は2008年に、安定なニトロキシドラジカルを分子の剛直な部位の中心に持つ8NO8などの金属を含まない液晶性の物質において、融点で異常な磁化率の上昇が起こること(後に磁気液晶効果と命名)を発見しました(参考リンク先Fig. 1a)。私たちは磁気液晶効果がスピングラスのような不均一な磁気相互作用と液晶中の分子運動によって生み出されることを見出しました。磁気液晶効果を何らかのデバイスに応用するには結晶からの転移(融解)や、結晶への転移(凝固)が、通常、非常に遅く、不可逆であることが問題でした。一方、液晶と液体の間の転移は、非常に速く、可逆的であることが多いです。相転移は温度で起こることがよく知られていますが、液晶の場合には、光で相転移を起こすことも可能です。そのため、磁気液晶効果を示す物質を含む液晶は、光による相転移を介した磁気特性のスイッチング(新しい光磁気効果)を示すはずです(リンク先Fig. 1b)。しかし、液晶-液体相転移で磁気特性の大きな変化を示すニトロキシドラジカル液晶は知られていません。そこで、私たちは、キラルスメクチックC液晶(SmC*)相と液体相の相転移において、大きな磁化率の変化を示す8NO82を設計・合成して、光磁気効果の検出について、次のように検討を行いました。

まず、温度変化によるSmC*-液体相転移において磁化率の可逆的な変化が起こることを確認しました。光に応答して、液晶-液体相転移を起こすことが知られているアゾベンゼン誘導体4-butyl-4’-methoxyazobenzene (BMAB)を8NO82に添加することで、可逆的な光磁気効果の検出に成功しました。 (リンク先Fig. 2).

より詳しく知りたい方は、Communications Chemistry誌に掲載された、私たちの論文を御覧ください。
論文を読む(英語)

2018年10月31日水曜日

再結晶するだけで自然に起こる光学分割現象

二年前の話ですが、私がM1の頃から12年掛けて少しずつ進めてきた研究成果が論文として出版されました。

題名は"A Kinetic/Thermodynamic Origin of Regular Chiral Fluctuation or Symmetry Breaking Unique to Preferential Enrichment"で、 Chemistry - A European Journal誌に掲載されました。

Chemistry - A European Journal誌はWiley-VCH社の論文誌です。

題名の最後にあるPreferential Enrichmentというのは、日本語で「優先富化現象」と呼ばれる自発的光学分割現象です。この論文は、優先富化現象のメカニズムを物理化学的に説明した、という成果を報告したものです。

かなり専門的な言葉が並んでいるので、下線部の三点を説明してから本研究成果について、説明します。これらの項目について存知の方は、飛ばしてお読みいただければと思います。
①光学分割現象
②自発的な光学分割現象


①光学分割現象
まず、光学分割現象というのは、キラルな物質に起こるものです。

キラルな物質というのは、簡単に言うと、
その物質とそれを鏡に写したモノが別物になる、
という物質のことをいいます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/キラリティー
いちばん身近なものは「手」です。
右手は、左手を鏡に写したものと同じものですが、互いに別物です。

キラルな分子にも同じ構成要素の二種類の物質が存在します。
それぞれをエナンチオマーと呼び、
二つエナンチオマーの等量混合物をラセミ体と言います。
光学分割現象というのは、
ラセミ体を二つのエナンチオマーに分割する現象です。

なぜ、「光学」分割現象というのか。
それは、二つのエナンチオマーの性質の違いによります。
実は、一分子の性質としては、光学的な性質を除いて、
二つのエナンチオマーは化学的にも物理的にも全く同じ性質を示します。
https://ja.wikipedia.org/wiki/光学異性体
そのため、エナンチオマーの事を光学異性体と呼ぶこともあり、
二つのエナンチオマーを分割することを光学分割と呼ぶのです。


②自発的な光学分割現象
①の最後で、二つのエナンチオマーは光学的な性質以外は全く同じ性質を示します。そのため、ラセミ体を簡単に二つのエナンチオマーに分ける一般的な方法はありません。つまり、一般的には自発的な光学分割現象というのは、起こりえないわけです。

しかし、人体を構成している分子が一方のエナンチオマーであるため、薬として用いる物質も、一方のエナンチオマーが効果的なのに、もう一方が効果がなかったり、時には毒性があったりします。そのため、光学分割を行う必要があるのです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/光学分割


③優先富化現象
②で見たように、光学分割現象は、通常は自発的に起こらないため、
人為的に光学分割を起こすことは非常に重要な技術です。
それに対して、この優先富化現象は、
「自発的な光学分割現象」なのです。

自発的な現象であるため、操作は非常に簡単で、大まかに言うと、
・ラセミ体の固体を再結晶する。
・ろ過する。
の二段階で、光学分割が出来ます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/光学分割

抗アレルギー剤のラセミ体を再結晶すると、
溶液の中のどちらかのエナンチオマーの割合が、
増加するという現象として、大鵬薬品工業の生塩孝則博士によって発見され、
京都大学の田村類名誉教授を中心に研究されてきました。
田村先生は、学生時代の私の指導教員です。


④本研究成果
田村研に在籍していた頃の、私の主な研究テーマは、
「液晶」の「合成」だったのですが、
同じ研究室の中で研究されていた、
物理化学的な直感に反する優先富化現象のメカニズムに興味を持ち、
サイドワークとして、M1の時に研究を始めました。

込み入った話は論文をお読みいただくとして、
簡単に優先富化現象の要素を説明すると、以下の二段階になります。
まず、ラセミ体というのは、どのように合成したとしても、
両エナンチオマーの量がわずかにずれています。
そして、溶液中でわずかに多い方のエナンチオマーの溶解度は、
もう一方のエナンチオマーの溶解度よりも大きく、
しかも、溶けている両エナンチオマーの量が違えば違うほど、
溶解度の差も大きくなります。
A Kinetic/Thermodynamic Origin of Regular Chiral Fluctuation or Symmetry Breaking Unique to Preferential Enrichment

優先富化現象は、最近まで、限られた物質でのみ観測されてきましたが、アミノ酸を含む化合物など、より一般的な化合物でも起こることが報告されてきており、工業的にも応用可能な技術として、発展するのではないかと予想しております。一方で、優先富化現象の分子間の相互作用による動的かつ非線形な側面には、基礎的な普遍性があるかもしれませんね。

2017年4月26日水曜日

化学工学会賞研究奨励賞受賞

化学工学会賞研究奨励賞(實吉雅郎記念賞)を受賞しました。
題名は「機能性流体マイクロカプセルの作製法の開発とその応用に関する研究」です。

今回の受賞は、
ここをご覧の皆様の支えがあってのものです。
誠にありがとうございます。
また、今後ともご指導のほど、宜しくお願い申し上げます。

これまでにもこのブログでも紹介してきた
機能を持った流体をシェルとするマイクロカプセルに関する研究の成果が
今回の受賞対象となりました。

マイクロカプセルを中心に、
紹介しようと思いつつ書けていない研究成果がいくつかございますので、
これからボチボチ更新していけたらと思っております。

2015年10月6日火曜日

最新の研究成果が雑誌の裏表紙を飾りました

私が指導していた卒業生の松本龍也君と行った研究の成果がJournal of Materials Chemistry Cに掲載され、当誌の裏表紙に選定されました。表紙の作製は、本論文の共著者で現在D1の秋田拓也君にも手伝ってもらって、完成しました。
以前にも書きましたが、Journal of Materials Chemistry C誌はイギリス王立化学会が出版する論文誌です。
題名は"Ion Conductive Properties in Ionic Liquid Crystal Confined in Porous Membrane"です。

穴の空いた膜にイオン液晶を詰める時に、詰め方によって伝導度が異なることを見出したというのが、論文の内容です。
イオン液晶は、イオン液体の仲間ですが、イオン液体と違って層構造を持っています。層に沿ってイオンが並んでいるため、層に垂直な方向と、層に平行な方向では、イオン伝導度が異なります。 
この性質を利用して、垂直に真っ直ぐな穴が空いた膜に配向剤を塗って、イオン液晶を詰めることで、イオン伝導度の異なる膜が出来たというのが、この論文の趣旨です。
順番に説明していきます。
前回も少し出てきましたが、皆さん、「イオン液体」はご存知でしょうか。身近なイオン性の物質といえば、食塩ですが、食塩の融点は800℃です。それに対して、イオン液体は別名「常温溶融塩」とも呼ばれるように室温域で液体となるイオン性の物質です。イオンなのに液体です。電荷を持ったイオンが動けるので、イオン伝導が起こります。
イオン液晶はこのイオン液体を液晶化したものです。液晶は主に分子から出来た物質の液体と結晶の間の状態なのですが、結晶のように分子の向いている方向が揃っているにも関わらず、分子が動けるというのが特徴です。この二つの特徴を併せ持つために、液晶ディスプレイとして光をON/OFFする機能を得ることが出来ます。
イオン液体のイオン伝導には方向によって違いはありませんが、イオン液晶はイオンで出来た液晶であるため、イオンが配向しています。そのため、イオン伝導が方向によって異なります。
この論文では、膜に垂直に開いた無数の穴の中にイオン液晶を入れて、膜にイオン伝導性をもたせているのですが、その際、穴の表面の処理を行うことで、イオン伝導度の高い状態と低い状態を作り分けることができることを示しました。
イオン液晶を膜で制御して、同じ材料で違う伝導度のものを作るというのは、ありそうでなかった研究で、世界で初めての研究成果ということになります。
この方法を応用して、磁場や電場を掛けて分子の揃っている向きを変化させられるようにできれば、伝導度をスイッチできる膜ができると考えています。

2014年11月5日水曜日

准教授昇任

2014年10月1日付で現所属先の大阪大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻化学工学領域にて准教授に昇任しました。

http://www.cheng.es.osaka-u.ac.jp/nishiyamalabo/member/357.html


さきがけ研究やそれ以外の研究には変化はありませんが、
講義や運営に関わる業務が増えてくるので、
研究活動をより効率的に進めていきたいと考えています。

ご報告が一か月以上遅れてしまい申し訳ございませんでした。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

2014年6月23日月曜日

投稿した論文が雑誌の表紙に選ばれました

私が指導するD1の岩井陽典君の論文がJournal of Materials Chemistry Cの表紙に選定されました。表紙の作製は私と岩井君で協力して、4日ほど掛かりました。
Journal of Materials Chemistry C誌はイギリス王立化学会が出版する論文誌です。
題名は"Chemiluminescence Emission in Cholesteric Liquid Crystalline Core-shell Microcapsules"です。

この論文では、前回お話したコアシェルW/O/WダブルエマルションのOilの部分が、液晶になっている液晶カプセルを扱います。上の表紙では、濃い青色で示してある部分です。
この液晶はコレステリック液晶と呼ばれるものですが、らせん構造た特殊な液晶です。一般に液晶ディスプレイに利用されているものとは少し異なります。らせん構造の周期がある特定の長さのときに、光を強く反射する性質を持ちます。
この液晶カプセルに過酸化水素を検知して光る仕組みを持たせたというのが、この論文の趣旨です。
順番に説明していきます。

前回も少し出てきましたが、皆さん、ルミノール試薬というのはご存知でしょうか。そうです、犯罪捜査の時に血液がついているかどうかを調べるアレです。ルミノールと過酸化水素を混ぜて、血液に吹きかけると、血液の中の金属イオンによって、反応が進み、発光が起きます。
詳しく言うと、金属イオンが触媒となって過酸化水素がルミノールを酸化して、その生成物が出来たときにすでに励起状態となっており、基底状態になる時に発光するという仕組みです。
このような発光を化学発光といって、ホタルが光るのも化学発光です。余談ですが、少し前に我が家の前にもたくさんのホタルが飛んでいました。

この論文では、カプセルの中で化学発光反応を起こして、その光をコレステリック液晶で閉じ込め、エネルギーを集めて一気に特定の波長の光として放出することで、化学発光を利用した過酸化水素の検出限界を向上しようというのが目的です。
そのために、カプセルの中にルミノールと金属イオンを入れた液晶カプセルを作りました。このような液晶カプセルは世界初のものです。
そして、実際に過酸化水素を加えると、カプセルを浸透して他の液晶で出来たカプセルのものと比較して、強く光ることがわかりました。
現在、より強く光らせる方法を模索中です。

この研究の元になっているのは、コレステリック液晶のカプセルの全方位レーザーの研究です。私たちが昨年Advanced Materials誌に報告したものですが、コレステリック液晶のカプセルの作製自体も我々が最初に成功しました。良かったら、こちらの論文から読んでみてください。

2014年4月28日月曜日

内部の酸化を防ぎ、磁石にくっつく、金属を含まないマイクロカプセル

国際科学技術財団に助成いただいて研究を行ってきた研究の成果がようやく形になりました。

題名は"Magnetically Transportable Core-Shell Emulsion Droplets with Antioxidative All-Organic Paramagnetic Liquid Shell"で、 Journal of Materials Chemistry B誌に掲載が決まりました。

やさしい科学技術セミナーでお話した磁石にくっつく液体のお話です。

コアシェルW/O/Wダブルエマルションというものがあります。
下の絵にあるように、中に水(Water)、真ん中に油(Oil)、外に水(Water)
という構造をもつもので、論文ではマイクロカプセルと呼んでいます。

私たちの研究室ではマイクロ流体デバイスと呼ばれる装置に三つの流体を流して、
マイクロカプセルを作っています。
このデバイスは私がHarvard大学のD. A. Weitz教授の下に留学していたころに修得したもので、
論文では、磁石にくっつく液体をシェル部の油として用いることで、
磁石にくっつくマイクロカプセルを作っています。
過去の研究として報告されている磁石にくっつくマイクロカプセルは、
酸化鉄のナノ粒子を分散させた流体が磁石にくっつくのを利用しているものです。
一方、我々が使用している液体はニトロキシドラジカルと呼ばれる有機物で、
下のような構造式で書かれます。

なぜ磁石に引き付けられるのかというと、構造式の中のOの横に点で描かれている
不対電子が原因です。
どういうことかというと、電子は一つでいるときは磁石のような性質を示すのですが、
通常の有機物では磁石としての性質を互いに打ち消すように、
電子が二つずつペアになっています。

一方、ニトロキシドラジカルのOは酸素のことですが、
酸素には結合に使われる電子が二つあるにもかかわらず、
一本しか結合がありません。
つまり、一つだけで孤立した電子の磁石としての性質が打ち消されていないために、
磁石に引き寄せられるようになっているということです。
このような性質を常磁性と呼びます。
通常ラジカルというものは、すぐに外のものとくっついてしまうため不安定です。
しかし、今回使ったニトロキシドラジカルは孤立した電子の周りが覆われているために
長時間安定に存在することができます。

もう一つ大事なことは、このニトロキシドラジカルが抗酸化剤として働く能力を持っていることです。
具体的には活性酸素を分解する能力を持っています。
この研究では、活性酸素と反応することで光を発する
ルミノール(犯罪捜査で血液の検出に用いられるものです)を
マイクロカプセルの中の水に溶かしておいて、
外から活性酸素の供給源となる過酸化水素を添加して
ニトロキシドラジカルが抗酸化剤としてちゃんと働くのかを試してみました。
普通の油で作ったマイクロカプセルでは発光するのに対して、
ニトロキシドラジカルで作ったマイクロカプセルではまったく発光しませんでした。

このニトロキシドラジカルのマイクロカプセルは酸化ストレスの測定の際に、
余計な反応が起きないように対象を保護して、
磁石で動かすことのできる容器になるのではないかと考えて、
現在、研究を次のステップに進めようとしています。